これぞ穴場! 牧場の先にある神宿る滝…芳刈不動滝
上山市の菖蒲地区には、山奥に眠る落差10mの滝がある。そこは、時期によっては近づくことすら難しい場所。
「芳刈不動滝」への道は大きく分けて2つ。
県道12号白石上山線を宮城県側へ進み、蔵王猿倉スキー場から4km、「上山市 芳刈放牧場」の看板が見える。そこから牧場内の道を進み約2km、少し開けた右側に5台ほどが駐車出来るスペースが見えるはずだ。このアクセス方法が一番早く、安全である。ただし、5月中旬~10月中旬の放牧期間中でないと牧場内の道路が通行出来ない。
放牧期間中以外で滝へアクセスするには次の道しかない。ただ、オフロード車やオフロードバイクでないと難しいルートだ。まず、県道263号萱平河崎線から菖蒲川ダム方面へ進む。ダムを通過し、約1.5kmほど行くと「芳刈不動滝」と書かれた看板と分かれ道があるはず。看板が示す方向へ3kmほど進むと滝へ辿り着く。
どちらのルートも最終的に「小倉沢林道」を通ることになるが、放牧場側から滝までは舗装路が続く。ダム側から滝へアクセスする場合は未舗装路=砂利道であるため注意が必要だ。
林道から歩いて滝へ
林道沿いにある芳刈不動滝の案内板の近くに「芳刈歩道」という標柱がある。ここから南東方向に歩いていくが、軽く整備されているため迷うことは無いと思う。少し進むと、小川の先に建物がある。「芳刈山不動明王堂」だ。
【芳刈山不動明王堂建立の由来】桃園天皇の時代、上山に吉助という者が住んでいた。吉助は山深くに入り働いていたが、突然強風が吹きその嵐の中から眼光の鋭い尊体が現れ「この地は芳刈と言い、わしはここの三層の滝の険しい岩上に座している不動明王である。煩悩の多い人間が来るところではない。すぐ村里に帰れ」と言い、紫の煙の中に姿を消した。
吉助は慌てて家に帰り、このことについてどうしたものかと思案に暮れたが、やがて吉助はこの世を去った。
吉兵衛(吉助の息子)と子である吉十郎は植樹を業とし、芳刈山一帯に杉を植えていた。ある日、植樹のために芳刈山に入ったが、その夜吉十郎は病気となり薬を用いても全治しなかった。親子は芳刈山に鄭重(ていちょう)に謝罪したところ、吉十郎は全治した。
また、菖蒲の住人であった与兵衛は長い間眼病を患っていたが、不動明王を信仰したところ眼病は全治した。これは不動明王の加護であると、文政11年(1828年)にこの地に不動明王堂を建立した。
足場に注意しながら滝の近くへ
不動明王堂からすぐの所に芳刈不動滝はある。
ただ、滝を見るには少々危険な道を進まなければならない。プラスチック製のチェーンを頼りに、斜面を下る。小倉沢と芳刈不動滝が姿を現す。足場が悪く、水量によってはあまり近づくことは出来ないが、遠くでも十分に迫力を感じる。
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